「世界遺産・古墳めぐり」大阪府堺市

大阪で学会がありましたので、次の日に1人で日帰りエクスカーションをしてきました。行き先は百舌鳥古墳群。世界遺産に登録されて5年目。猛暑の大阪でしたが機会を逃してはなるまいと新大阪駅から地下鉄とJRを乗り継いで堺市へ向かいました。

先ず向かったのは南海電鉄高野線「堺東駅」が最寄りの堺市市役所。古墳を上から眺めることができる唯一の場所ということで、全体像を掴むために向かいました。


高層館にある21階の展望フロアは古墳一色。出迎えてくれたのはハニワ部長。世界文化遺産の登録に尽力したということで課長から部長へ昇進したそうです。大和王権の古墳時代から大小や形を様々につくられてきた古墳群は主な古墳だけで39基。天皇の墓は宮内庁が管理していますが、その他の一部の墓は地域の住民が守り伝えてきたそうです。観光ボランティアガイドの皆さんが丁寧に説明をしてくれました。

高層館が建てられたのが1990年、世界遺産に登録されたのが2019年。目の前に茂る丘陵地帯が古墳群ですが前方後円墳の形には見えません…。とはいえ、高層タワーなど建てる必要はないと私は思います。そもそも古代の人たちは海から渡来する大陸の人々に見せるために巨大な古墳を高台に築き上げたということですから、横から見るのが正しいのです。また、堺は3つの国の境であり海と山の要衝、千利休や与謝野晶子が生まれた街としても知られています。古墳時代の海岸線を想像しながら港街の全体像を把握することができました。

堺市役所から徒歩で約20分のところに古墳めぐりのハイライトである仁徳天皇陵やビジターセンターがあります。市役所から向かう道中は住宅街ですが、古墳に近づくと整備された歩道に標識も出てきます。写真にある「正面まで」というのは「拝所」がある場所までという意味です。前方後円墳ですから四角部分の長辺の真ん中を指しています。

歩道の脇に出てきた小さな古墳「銅亀山古墳」。世界遺産の構成遺産でありながら隣には家屋がたち並び、古墳を囲む柵も簡易なもの。古墳時代は何もない平原だったという地で古墳は住民の暮らしとともに守られてきたことが分かります。

拝所からみる仁徳天皇陵古墳。鳥居の奥には堀があり渡って陸地にあがれるのは調査や維持管理の目的のみだそう。この拝所で拝む前にビジターセンターや堺市博物館へ立ち寄り古墳のことを勉強してから行ったので感慨深いものでした。自然林が広がっているように見えますが、本来は石とハニワで覆われていたのですからね…。

帰りはJR「百舌鳥駅」から新大阪へ向かいました。登録から5年。駅の佇まいからすると住民の生活と世界遺産の登録が共存できているように思います。ガイドさんによれば上空から古墳を見せるために気球を飛ばず構想もあったそうですが実現はしなかったそうです。その代わり、ビジターセンター(古墳群の近く)内では空撮の美しい映像を堪能することができます。住民の暮らしがあっての世界文化遺産。私は市役所の展望フロアーで十分です。

今回のお土産は一筆箋と箸置き。ビジターセンター内で購入しました。センター内には古墳にかかわるグッズが所狭しと並べられていましたが全てが堺市で製作されているはずもなく…。この二種類は堺市内の事業者が製作したことを確認して購入しました!実は一筆箋と箸置きは出張先の土産品としてコレクションしているのです。10年ぐらい前は旅館のマッチ箱をコレクションしていたのですが、時勢柄、消えてしまいましたので。

とても暑い日で迷ったところもありますが、奮い立って出かけた甲斐がありました。堺のおっちゃんとのトークも楽しかったな~。次回、訪ねる時には海側の環濠エリアもゆっくり訪ねてみたいと思います。(y.y.)